ごあいさつ 宮﨑 誉(みやざき ほまれ)牧師

横浜生まれ。クリスチャンホームで育ち、小学生の時に洗礼を受ける。
中高生になり、信仰が冷えていく時を通るが、友人の交通事故をきっかけに、死生観を問う求道がはじまり、高校生の時に、神様に心を触れられて信仰を回復する。
高校卒業後、アメリカのテキサス州にあるクライスト・フォー・ザ・ネイションズ聖書学校で学び、聖書を知る喜びと賛美のすばらしさに出会う。その後、東京聖書学院(1998年卒)、合同メノナイト聖書神学校(インディアナ州)他、いくつかの神学校で学ぶ。
現在、日本ホーリネス教団の鳩山のぞみ教会の牧師。4児の父(息子2人、娘2人)。
みなさんとの交わりと、み言葉の分かち合いの時を楽しみにしています。
※好きなこと:
ケーキ焼き(アップルパイ、シフォンケーキ)
オート・キャンプ、アメリカンBBQ、ボードゲーム
学びの経験
1995年 クライスト・フォー・ザ・ネイションズ聖書学院卒業(米国テキサス州)
1998年 東京聖書学院M. div科卒業
2005年 合同メノナイト聖書神学校M. A. in Th.卒業(米国インディアナ州)
2013年 アジア神学大学院 牧会学博士課程卒業(牧会学博士)
2017-2019年 ソウル神学大学の集中講座
Wesleyan Holiness Summer Study Programを履修
著書・訳書
『説教塾ブックレット7―ホーリネス信仰と葬儀説教』、キリスト新聞社、2008年
『届けようバイブルメッセージ―子ども説教のための7つのステップ』日本ホーリネス教団、2009年
『祈りの芽ばえ―東日本大震災ボランティア日記』、プレイズ出版、2011年
『どうぞ主よ お言葉どおりに―ルカによる福音書』日本ホーリネス教団、2024年.
『テモテへの手紙第二に聴く―次世代につなぐ希望の福音』シーリーズ新約聖書に聴く、いのちのことば社、2024年.
ハワード・ゼア「修復する正義―修復的司法を教会で実践するために」『宣教学ジャーナルVol.1』日本宣教学会
R・リシャー編『説教をめぐる知恵の言葉・下―古代から現代まで』、キリスト新聞社
ジョン・P・レデラック著『敵対から共生へ―平和づくりの実践ガイド』、東京ミッション研究所
趣味
ほのぼのオートキャンプ秘境・神戸岩・紅葉ドライブ

能登半島復興ボランティア・東京聖書学院

アメリカングリルBBQ

誉牧師が育った新幹線ビューの教会

私が教会に来たキッカケ

私が小さい頃は子供が多くいる時代で、教会学校や夏のキャンプなどにも子供たちがたくさん来ていたと聞いています。
なぜその時に私は教会と縁がなかったのか、ちょっと悲しく思います。
私が教会に来たのは大人になってから。
20代、就職氷河期世代で何もかもが上手くいかず、気づけば精神科閉鎖病棟の入退院の繰り返し。何もかもに絶望していました。
そんな時、カトリックのクリスチャンの方と同室になりました。マリア様の像に、手には十字架。「イエス様大好き!」といつもニコニコしていました。そんな彼女と生活を共にしていくうちに、私は自然と教会に行ってみたい、と思うようになりました。それを彼女に言うと、とても嬉しそうにしていました。そしてアドバイスをくれました。なるべく近いところの教会に行くこと、先生のお話をよく聞いて困った時には相談すること。
町に大きな会堂の教会があることは知っていたので、私はすぐにそちらに向かいました。突然の訪問にも関わらず、宮崎先生は笑顔で迎えてくれました。
それから私は礼拝や祈祷会に足を運ぶようになりました。みんな、温かく迎えてくれて、凄くホッとしました。
そして教会に通ううちに、洗礼を受けたいと思うようになり、洗礼に向けた学びを始め、2008年12月に洗礼を受けました。
宮崎先生は、私にワーシップ(礼拝前賛美)や、青年の集会へと誘ってくれました。教区の集まり、賛美集会などなど。
結局それがきっかけだったのでしょうか。私は、約15年ほど青年の集まりを企画するメンバーになり、青年が充実した信仰生活を送れるように、その真ん中を作り続けました。大変なこともあったと思いますが、仲間と一緒に青年が集まる場を作っていくのはとても充実した日々でした。
現在は教会学校のスタッフ、聖歌隊のメンバー、ミドル世代の集まりに参加しています。
そして、クリスマスの祝会には毎年司会を仰せつかって、楽しい祝会になるよう、盛り上げています。
神さまが与えてくれたこれらの場を本当に感謝致します。

私が教会に行くようになったきっかけは、「友人に誘われたから。」という本当に単純なものでした。その時、私は高校1年生でした。
小学校、中学校時代は特に友人関係に悩むことなく、ある意味「のほほん」と過ごしていました。ところが高校に入り、周囲が知らない人ばかりの中、「どうやって友達を作ったらいいのか」わからなくなってしまいました。今までは「友達を作ろう」などと意識しなくても自然に友達になっていたからです。また、入学した学校が女子校であったため、ますます小、中学校とは、雰囲気、様子が違っていました。皆さんの中で女子校に通った経験がある方なら、思い当たるかと思いますが、女子校はまるで宝塚歌劇団にいるような感じで、人気のある生徒には、宝塚のスターに憧れているようなファンが沢山いたのでした。
私も同じクラス、同じ部活のある素敵な生徒に憧れ、今考えると「恋心」に近いものを感じていました。毎日その子と一緒に居られて、クラスではもちろん部活でも沢山おしゃべりし、ある意味その子に夢中でした。どれ位その子に夢中だったかを示すあるエピソードがあります。その頃ストのため電車が止まることがありました。私はその友達にどうしても会いたくて、自転車で1時間近くかけてその子に会いに行きました。帰り道、暗くなってしまいとても心細かったことを覚えています。そうまでしても会いたかった友達でしたが、ある時「○○ちゃん(私のことです)のことを親友なんて思ってない。」と言われてしまったのです。私は大ショックでした。クラスも部活も一緒、いつも一緒に過ごしていた大好きな友達にそんなことを言われるなんて思ってもみませんでした。それからの私は落ち込んで元気がなくなりました。教室にも部活にも私の居場所はなくなってしまったのです。
そんな時、同じ部活のある生徒が、私を教会に誘ってくれたのです。彼女は教会に行き始めたばかりだったのですが、しょんぼりしている私を見るに見かねて、声をかけてくれたのでした。教会には良いイメージをもっていました。子供の頃にきれいなカードをもらった記憶があったからです。
ところが、いざ誘われて教会に行ってみると、とても信じられないようなことばかりで、大変戸惑いました。たとえば、ある男子高校生が腕時計を示しながら、「この時計は誰かが作ったものですよね?」と私に問いかけ、私は「そうです。」と答えました。すると彼はたたみかけるように「では人間は誰が作ったと思いますか?」と問いました。私は内心「この人何を言っているのだろう。進化論を習っていないのかしら?」と思いました。「生物は最初、単細胞生物から段々進化し、淘汰されながら人間になったに決まっているじゃない。」と思いました。「人間を誰かが創造した」なんてとても信じられませんでした。
神様の存在をなかなか信じられない状態であっても、学校に居場所のない私は、毎週日曜日の礼拝と土曜日の午後に行われていた「高校生会」に出席するようになりました。みなとても優しく親切で居心地が良かったからです。とても沢山の高校生が来ていて、皆、割とすぐに「みことば」を受け入れ、救われてクリスチャンになっていきました。でも私は何ヶ月通っていても、進化論がネックとなって、どうしても「みことば」を受け入れることが出来ませんでした。
ある日のこと、教会で皆に囲まれ聖書を読んでいたとき、1つのみことばが私の心に突き刺さりました。それは『使徒の働き 17章11節~12節』 「ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心に「みことば」を聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。そのため、彼らのうちの多くの者が信仰にはいった。」でした。私が自分の力だけで聖書を調べるのには限界があることを知っていたので、こんなに熱心に「みことば」を調べた人たちが、「聖書には誤りがない、聖書は正しい。」と確信して信仰にはいったのなら、「聖書は本当に正しいのだろう。」と思いました。「聖書に書いてあることはすべて正しい、真実だ。」というのが、私がクリスチャンになったきっかけだったのです。「聖書は正しい、真実」なのだから、「イエス様が私の罪の為に十字架にかかってくださり、よみがえってくださり、イエス様を信じる信仰のみによって、罪を許され救われる。」と信じることが出来ました。
私のきっかけは、ほかの方々のきっかけとは趣が異なっているかもしれませんが、こんな風にイエス様と出会った者も居るということを、知っていただきたくて書かせていただきました。
